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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)8926号 判決

原告

宇津秀男

被告

株式会社後藤シール印刷所

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金一五三万六八四五円およびこれに対する昭和三九年八月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨

一、被告らは各自原告に対し三六一万六五七八円およびこれに対する昭和三九年五月一八日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二、請求の趣旨に対する答弁

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、(事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和三九年五月一七日午前一時一五分頃

(二)  発生地 東京都渋谷区上原二丁目三一番地先路上

(三)  事故車 軽四輪自動車

運転者 被告後藤

(四)  被害者 原告(歩行中)

(五)  態様 横断歩行中の原告に事故車前部が衝突。

(六)  被害者原告は全治約七ケ月を要する頭部打撲傷頸椎捻挫右肩関節左胸部打撲症、右肘部挫創、右下腿骨折の傷害を負つた。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、事故車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告後藤は、事故車を使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。事故発生につき仮に然らずとするも、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為として民法七〇九条の責任。

すなわち、同被告は、深夜、右前照灯が故障のため点灯しないのを知り乍ら運転を中止することなく運転を敢行し、路上の照明もない本件事故現場を時速六〇粁以上の高速で漫然と運転したものであつて、前照灯不備の車を運転し、しかも前方左右の安全確認を怠つた。

三、(損害)

(一)  治療費等

(1) 入院治療費 二九万五〇四〇円

(2) 付添看護費 一三万円

(3) 寝台車転院の際の自動車代 一八〇〇円

(4) 松葉杖 一五〇〇円

(5) 医師に対する謝礼金 五万円

(6) 使用人、病室係等に対する心付 四五〇〇円

(7) 事故当夜タクシー二往復および通院車代 六万円

(8) 眼鏡、被服破損料 五万円

(9) 診断書作成料 四〇〇円

(二)  逸失利益(1)

原告は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされ一七七万三三三一円の損害を蒙つた。

(休業期間)七ケ月

(事故時の月日収)

(イ) 演劇ミユージカル等の構成演出家として東宝株式会社より一ケ月八万三三三三円

(ロ) 株式会社ゴールデン赤坂より芸能顧問として顧問料一ケ月五万円

(ハ) 新聞、諸雑誌、原稿料月平均一万円

(ニ) 個人、芸能者指導料として月平均五万円

(ホ) 芸能関係審査謝礼金として月平均三万円

(ヘ) シヨウ構成演出コンサルタント料として月平均三万円以上合計二五万三三三三円

(三)  逸失利益(2)

原告は、本件事故当時東京オリンピック開催に伴う外国観光客を対象とする特別ショウの計画が多く、その為原告は多数の仕事の申出を受け、格別な収入の増加が予想せられており、その金額は少くとも七五万円以上が予定されていた。

(四)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および七ケ月の長期に亘る入院加療および構成演出家として多方面の顧客に及ぼしたる支障から受けた精神的苦痛は甚大であつたことなどの諸事情に鑑み五〇万円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告は三六一万六五七六円およびこれに対する事故発生の日の翌日である昭和三九年五月一八日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四、被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は認める。(六)は知らない。

第二項中(一)は認め、(二)は否認する。

第三項は知らない。

二、(事故態様に関する主張)

事故現場附近の道路は当時街灯がなく、かつ、附近の建物の照明は戸外に届かず、極めて暗い場所であつたところ、原告は深夜泥酔し千鳥足の状態で横断歩道でもない車道を横断しようと企て本件事故に遭遇したものである。したがつて、本件事故の原因は事故車の右前照灯の故障より寧ろ、原告の前記歩行上の過失に起因するか、少くとも原被告双方の過失が競合したものというべきである。なお、被告後藤は帰宅の途中、渋谷区大橋電停通りで事故車の右前照灯の故障に気付き、電球を取替えるべく、ガソリンスタンドや駐車場をたずねたが在庫がなくやむを得ず運転を続けたが、時速約三五粁程度の速度で安全を確認しつつ運行していたものである。

(一)  過失相殺

右のとおりであつて事故発生については被害者原告の過失も寄与しているものであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(二)  損害の填補

被告後藤は本件事故発生後、賠償の内金として次のとおり支払いをしたので、右額は控除さるべきである。

1 昭和三九年五月一七日黒須外科応急手当分(同病院へ支払)四九三〇円

2 昭和三九年五月一七日から同年七月一〇日までの入院治療費(日赤中央病院へ支払)二一万八二二五円

3 昭和三九年五月一八日取あえず見舞金として五万円、洋服代として五万円、計一〇万円

4 昭和三九年一二月末 見舞金として一万円

5 昭和三九年五月一八日から約三週間に、三万円

第五、抗弁事実に対する原告の認否

(一)  原告の過失は否認する。原告はいささかも酩酊していなかつた。その他原告に過失はない。しかも、被告は、前照灯が故障し、いわゆる片目運転をしていたにも拘らず、相当に速い速度で運転していた重大な過失がある。

(二)  被告主張の金員の支払があつたことは認める。

第六、証拠関係〔略〕

理由

一、(事故の発生)

請求の原因第一項(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、原告は本件事故により頭部両側肘部擦過傷、右肩部打撲傷、右下腿骨々折の傷害を受け、事故当夜は黒須外科病院で応急手当を受けて一夜を明かし、昭和三九年五月一七日から同年九月二四日まで日本赤十社中央病院に入院して治療を受け、退院後はマツサージ療法、温泉療法を行つたことが認められる。

二、(責任原因と過失割合)

(一)  被告会社が事故車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  被告後藤が自己のために運行の用に供していたことについては証明がない。そこで同被告の過失について判断する。〔証拠略〕によれば、本件事故現場附近の道路状況は、中目黒方面から北沢駅方面へ通ずる道路は両側にそれぞれ幅二・八米の歩道があり車道部分はアスフアルト舗装で幅員は九米で制限時速は四〇粁であり事故車の進行方向である中目黒方面から北沢駅方面に向つて、僅かに左へ屈曲していること、接触地点から事故車の進行左側へほぼ直角に幅員五・三米の歩車道の区別のない道路が交差しており、少し中目黒寄りの地点から右後方へ約四五度の角度で幅員四・六米の歩車道の区別のない道路が交差していること、事故現場附近は街路灯はなく事故当時は暗かつたこと、見透しは良好であつたこと、被告後藤は事故車の右前照灯の電球が切れて点灯しないにもかかわらず、時速約四〇粁で進行し、進路十数米前方の右から現れた原告を発見して直ちに急制動の措置をとつたが間に合わず、原告に接触したこと原告は軽度であるが酔つていたこと原告は事故車の照明が一箇のためオートバイと錯覚したことが認められる。なお、原告の横断地点から中目黒方面の見透しは道路が湾曲しているためよくない旨の原告本人尋問の結果は〔証拠略〕に対比して措信し難い。

以上の諸事実によれば、事故車の右前黒灯が故障していたことが被告後藤をして原告の発見を遅からしめ、又、原告をして事故車をオートバイと錯覚せしめたこと、したがつて被告後藤が右前照灯の故障した車両を通常速度で漫然と運転した過失は重大であるが、原告も左右の安全を充分に確認しなかつた過失が認められる。したがつて、両者の過失の割合は、原告一対被告後藤九を以つて相当と認める。

三、(損害)

(一)  治療費等

(1)  入院治療費

被告後藤が、黒須外科病院の治療費四九三〇円および昭和三九年五月一七日から同年七月一〇日までの日赤中央病院への入院治療費二一万八二二五円を支払つたことは当事者間に争いがないが、〔証拠略〕によれば、被告後藤支払分の他に、原告は同年七月一一日から同年九月二四日までの入院治療費として日赤中央病院に合計二九万五〇四五円を支払つていることが認められる。ところで、〔証拠略〕によれば、右入院治療費の中には、一日当り三三〇〇円の入院料が含まれていること、入院料が高額なのは、特別室に入院したことが認められるが、病状によつて特別室における治療が必要であるとか、緊急の入院のため他に空室がなくやむを得ず特別室に入院した等の特段の事情のない限り、特別室に入院したため多額の入院費全額の賠償を認容することは公平の原則に反するものというべく、前記病状および原告が老齢であること(〔証拠略〕によれば原告は事故当時六七歳であつたことが認められる)その他の諸事情に照らし、本件事故と相当因果関係に立つ入院費は一日当り二〇〇〇円を以つて相当と認める。

したがつて、本件事故による損害と認められる入院治療費は、黒須外科病院の四九三〇円全額と日赤中央病院の費用五一万三二七〇円のうち相当因果関係ありと認められる三四万二九七〇円との合計三四万七九〇〇円である。

(2)  付添看護費

〔証拠略〕によれば、原告の入院期間中付添人をつけ、付添看護費として一三万円を下らない費用を支出したことが認められ、少くとも一三万円の損害を蒙つたことが認められる。

(3)  寝台車転院の際の自動車代

弁論の全趣旨によれば、原告は転院の際の自動車代として一八〇〇円の支出をし同額の損害を蒙つたことが認められる。

(4)  松葉杖

弁論の全趣旨によれば、原告は松葉杖を一五〇〇円で購入したため、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(5)  医師に対する謝礼金

本件全証拠によつても、医師に対する謝礼金として五万円の支払をしたことは認められない。

(6)  使用人、病室係に対する心付

本件全証拠によつても、四五〇〇円心付の支出をしたことは認められない。

(7)  事故当夜のタクシー代および通院交通費その支出額についての立証はない。

(8)  眼鏡、被服破損料

〔証拠略〕によれば、原告は眼鏡および被服を破損し少くとも五万円の損害を蒙つたことが認められる。

(9)  診断書作成料

本件全証拠によつてもその支出は認められない。

(二)  逸失利益(1)

本件事故による傷害の治療のための入院期間は前記認定のとおり一三一日間であり、証人宇津益代の証言によれば退院後も、マツサージ療法、温泉療法を試み、約半年間通院したことが認められ、少なくとも、実質的に五ケ月間は仕事をできなかつたと認められる。しかし、その後の肋膜の治療については、本件交通事故と相当因果関係は本件全証拠によつても認められない。

そこで、月収について判断する。

(イ)  東宝株式会社関係

〔証拠略〕によれば、原告は東宝株式会社の演出家として、同社より毎月八万円の他に、毎年二箇の作品を演出する義務があり作品の演出料として一〇〇万円の報酬を得ていたところ、本件事故後は毎月八万円の報酬を受けるだけとなつたことが認められる。したがつて、本件事故による損害は一ケ月当り一〇〇万円を一二で除した八万三三三三円となる。

(ロ)  株式会社ゴールデン赤坂関係

〔証拠略〕によれば、原告は事故当時、株式会社ゴールデン赤坂から毎月顧問料五万円、フロアーシヨーの演出料五万円の収入を得ていたが、右休業により演出料の収入を喪失したことが認められる。

(ハ)  新聞諸雑誌の原稿料

(ニ)  個人芸能者指導料

(ホ)  芸能関係審査謝礼金

(ヘ)  シヨーの構成演出のコンサルタント料

(ハ)ないし(ヘ)については、原告本人尋問の結果のみによつてはこれを認め難く、本件全証拠によつても原告主張の収入を認めることができない。

したがつて、五ケ月間の原告の収入の喪失は、六六万六六六五円と認められる。

(三)  逸失利益(2)

〔証拠略〕によれば、原告はメリー芸能株式会社と昭和三九年一〇月に上演されるシヨーの構成、演練、上演を提供し五〇万円の報酬を得る旨の契約を同年三月五日に締結したが、原告が本件交通事故によつて負傷したため履行不能となつて契約を解除されたことが認められる。

(四)  過失相殺

以上の(一)ないし(三)の合計は、一六九万七八六五円であるが、前記過失割合を斟酌すると、そのうち被告らに賠償せしめるべき金額は、一五〇万円を以つて相当と認める。

(五)  慰藉料

本件事故の態様、過失割合、傷害の部位程度、その他諸般の事情を斟酌して、原告の慰藉料は四〇万円を以て相当と認める。

(六)  損害の填補

被告後藤が、合計三六万三一五五円を賠償したことは当事者間に争いがない。

四、(結論)

よつて、被告らは連帯して原告に対し、(四)(五)の合計一九〇万円から(六)の三六万三一五五円を控除した一五三万六八四五円およびこれに対する事故発生の日の翌日である昭和三九年五月一八日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告の本訴請求を認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠田省二)

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